タイの寺院と仏塔

タイでは寺院のことを「ワット(vat)といい、「チェディ(chedi)」「プラーン(prang)」「モンドップ(mondop)」「ヴィハン(vihan)」「ウボソッ(ubosoth)などの建造物で構成される。
 このうちチェディがストゥーパに起源をもつ
仏塔である。プラーンは、クメール建築のプラサート(prasat)のことであり、高塔状の祠堂であるが、タイでは仏塔と同じ役割を担うようになった。モンドップは、仏像を内部に安置する方形の仏堂であるが、上部に仏塔を戴くものもあるヴィハンは、僧房と訳されるヴィハーラ(vihara)で起源あるが、タイでは仏像を安置し、人々が礼拝のために集まる祠堂に役割も果たしている。ウボソッは、僧のみが使用する建物で、授戒を行う場所をとしての機能も持っている。
 
寺院内には、主塔の他にも、多くの中小規模のチェディやプラーンが配されることも多い


タイの仏塔の時期的な特色

ドヴァラヴァティー美術期(6・7〜11世紀)
 ドヴァラヴァティー美術は古くからミャンマー、タイに住んでいたモン族により形成された。「ドヴァラヴァティー」は王国の名であり、モン族がナコン・パトムを中心にチャオプラヤー川流域であるタイ中部に建国し、その勢力はタイ東北部にまで及んだと考えられる。また、モン族はタイ北部のランプーンにハリプンチャイ王国(8〜13世紀)を建てている。
 このモン族が遺した仏塔はナコン・パトムのプラ・パトム・チェディ大塔が有名であるが、現在の塔は19世紀半ばにラーマ4世により増広されたものである。現在、この大塔の傍らには大塔の中に納められているとされる塔が、復元されて置かれている。それは覆鉢部の上にクメール風の塔堂(プラサート)が載せる形を示しているが、真偽は定かではない。
 またナコンパトムのチェディ・チュラ・パトンは方形の基壇部と方形の塔身の下層部が発見されている。この塔と同種のものと考えられているのが、ランプーンのワット・ククットに遺された古代モン語で「ラトナチェティ」と称する角層塔である。
 さらにタイ東北部のナコーン・パノムの独特の姿をもつ「プラ・タート・パノム」も9〜10世紀頃に創建されたこの美術に属するものと考えられている。(ただし、1975年に大雨の中、崩壊し、現在の塔は1979年に再建されたもの)
    
プラ・パトム・チェディの原型? ワット・ククットの角層塔 プラ・タート・パノム
 (ナコン・パトム)  (ランプーン)  (ナコーン・パノム)
 
 
シュリーヴィジャヤ美術(7〜13世紀)
 シュリーヴィジャヤ美術は、スマトラ島のパレンバンを中心にマレー半島からフィリピンまで広範囲にわたり繁栄した海上交易国家であるシュリーヴィジャヤ王国のもとで形成された。
 タイ南部のチャイヤーは、この王国の重要な拠点であったと思われ、シュリーヴィジャヤ美術の遺跡も多い。このチャイヤーのワット・ブラ・ポロム・タートには1901年に再建された、古い原型をそのままとどめているとされる塔がある。その塔は、基壇上に身舎を載せ、その上部に小型の覆鉢型の仏塔を載せるという様式をもち、ジャワ中部のチャンディ建築との類似性が指摘されている
 
 
ロッブリー美術(7〜13世紀)
 ロッブリー美術は、カンボジアのクメール王国が領土を西に拡大し、タイ東北部から中部までを支配下に入れた影響で形成された、タイにおけるクメール美術である。その中心が、かつて「ラウォ−」とよばれたロッブリーであるためにロッブリー美術と呼ばれ、その最盛期は12〜13世紀である。(ただし、7世紀頃よりクメール美術の影響はうけている遺跡がある)
 寺院の中心にそびえる「プラサート」とよばれるクメール式の筍状の塔堂は、正確には仏塔ではなく祠堂にあたるものである。また、この塔堂はタイでは「プラーン」とよばれる。ロッブリーのプラ・プラーン・サムヨートが代表的な例である。
プラ・プラーン・サムヨート
 (ロッブリー)
 
 
チェンセン美術(11〜18世紀)
 チェンセン美術は、主に南下したタイ族がタイ北部の北に13世紀に建国したラン・ナ王国のもとで形成された。ラン・ナ王国の最初の王、マンライはチェンセン出身であり、1262年にチェンライを都とし、1292年にランプーンのモン族のハリプンチャイ王国を滅ぼし、1296年にチェンマイを新都とした。しかし、16世紀中頃より18世紀まではミャンマーの支配下にあり、その影響を強く受けた。
 この地域の仏塔は、ランバーンのワット・プラタート・ランパン・ルアンのようにミャンマーの仏塔に似たものが多く建立されているが、特色ある仏塔も少なくない。例えば、チェンマイのワット・チェット・ヨートはブッダガヤ大塔をまねて建造されており、ワット・クータオの仏塔は瓢箪型の独特の塔姿である。チェンマイのワット・チェンマンやワット・チェディ・ルアンなどは、本来は祠堂に定義される構造をもつが、「チェディ(仏塔)」とよばれ、またそのように扱われる
ワット・ランパンルアン ワット・チェット・ヨート ワット・クータオ ワット・チェンマン
 (ランパン)  (チェンマイ)  (チェンマイ)  (チェンマイ)
 
 
スコータイ美術(13世紀中頃〜15世紀初頭)
 スコータイ美術はタイ北部の南にタイ族が建国したスコータイ朝のもとで形成された。スコータイ王国はクメール勢力を追い払い、スリランカより高僧を招いて上座部仏教を信奉した。故にこの美術はスリランカの影響を受けつつ、タイ族独特の美術を作り上げた。 仏塔(チェディ)は、都のスコータイ、副都のシーサッチャナーライ、カムペーンペットを中心に遺る。その形式はおよそ次のように分類される
@  基壇に凹凸のある八角形の段台の層を載せ、さらにその上に方形または八角形の塔身を載せ、先端が蓮華状の蕾になっているスコータイ独特の様式。
A  方形や隅に多くの几帳面を取った段台上の基壇に、鐘型の覆鉢を載せたものスリランカ風のもので、基壇部に象を配するものもある。
B  基壇上の四方に仏龕をもつ箱形の身舎をつくり、その上の中央と四隅に塔を載せた、シュリーヴイジャヤの建築様式の要素が強いもの。
C  Bと同様だが、四隅の仏塔がないもの。
 @の例  Aの例  Bの例  Cの例
ワット・トラパングーン ワット・チャン・ロム ワット・チェディ・チェット・テーオ ワット・チェディ・スン
 (スコータイ)  (スコータイ)  (シー・サッチャーナライ)  (スコータイ)
 
 さらに、クメール建築の塔堂(プラサート)は、仏教寺院の仏塔(チェディ)と同じ役割を担うことになった。
 
 
アユタヤ美術(14世紀中頃〜18世紀中頃)
 アユタヤ美術はタイ中部のアユタヤを都としたタイ族のアユタヤ朝のもとで形成された。その特色はスコータイ美術やクメール族の建築様式を基礎にして、発展させた点にある。
 仏塔は時期により次のような特色がある。
@ 第1期(14世紀中頃〜15世紀中頃)は、クメール式塔堂(プラサート)をタイ式に変化させたトウモロコシ型の塔堂(タイ語でプラーン)が盛んに作られた。これはアユタヤ朝の発祥地がロッブリーであることに関連があると思われる。
A 第2期(15世紀中頃〜17世紀)は、スコータイでも多く作られたスリランカ風の仏塔が流行する。ただし、スコータイ期の仏塔とは平頭と相輪との間に何本もの柱が立つ点が異なり、これがアユタヤ期の特色となる。これは第8代目のポロマ・トロイローカナッ王が、一時期ピサヌロークに都を遷したことに関連すると思われる。
B 第3期(17世紀〜18世紀初)は、プラーンが再び流行する。これはプラサットン王によるカンボジア侵入に関連すると思われる。また、チェディでは、塔身が細く角がジグザグとなったタイ独特の塔も出現する。
C 第4期(1732〜1767年)は、第3期に出現したタイ独自の塔が普及した。アユタヤのチェディ・プーカオ・トンはその巨大な例である。
 トウモロコシ状のプラーン  アユタヤ期の特徴的な塔   タイ独特の塔(塔身が乙字型の多角形) 
ワット・ラジャナプラ ワット・プラシー・サンペット チエディ・プーカオトン
 (アユタヤ)  (アユタヤ)  (アユタヤ)
 
 
バンコク美術(18世紀末〜)
 1782年にバンコクを都として成立したラタナコーシン朝のもとで形成された。基本的にはアユタヤ美術の影響が強い。
 仏塔でも、これより以前に出現した様式と大きく異なるものはない。
 ワット・アルンは大小5つのプラーンの構成で須弥山を具現化し、またその表面の装飾に陶器が使用されているが、これは中国の影響と考えられる。
 王宮寺院であるワット・プラケオには3つの尖塔がそびえる。西より「プラ・シー・ラタナー・チェディ」とよばれるチェディ、「プラ・モンドップ」とよばれるモンドップ、「プラサート・プラ・デープビドーン」とよばれるプラーンである。ただし、モンドップは尖塔を上部に戴くものの、本来は仏像を祀る方形の堂である。
ワット・アルン ワット・プラケオ
 (バンコク)  (バンコク)
 


タイの仏塔の基本的な様式

 タイの仏塔は「チェディ」「プラーン」の2種に大別される。
様式については、千原大五郎氏や伊東照司氏らの見解を参考にして、以下のように考えたい。
(1)「チェディ」は、インドのストゥーパを起源とし、覆鉢部の上に相輪を載せる「仏塔」である。
@ スリランカ様式
 基壇上にと覆鉢部をつくり、その上に方形の平頭部と相輪を戴き、基本的なストゥーパの要素を備える。ただし、ミャンマーやタイの塔の覆鉢部は土饅頭型ではなく鐘型である。
A ミャンマー様式
 基壇上にと覆鉢部をつくり、その上に相輪を戴く。平頭部にあたる部分を作らない。
B シュリーヴイジャヤ様式
 基壇上の四方に仏龕をもつ箱形の身舎をつくり、その上の中央と四隅に小型のスリランカ様式の塔を載せる。
C シュリーヴイジャヤ−スコータイ様式
 基壇上の四方に仏龕をもつ箱形の身舎をつくり、その上にスリランカ様式の塔を載せる。
D スコータイ様式
 基壇に凹凸のある八角形の段台の層をつくり、その上に方形または八角形の塔身を載く。先端が蓮華状の蕾になっている。
E スリランカ−アユタヤ様式
 基本的には@の形式と同じだが、平頭部と相輪部との間に柱を立てる
F タイ様式
 基本的には@の形式と同じだが、塔身が細く、平面を乙字型の多角形にする。
G ラトナチェティ
 四方に仏龕をもつ方形の階段状に作られた角層塔。
@ スリランカ様式 A ミャンマー様式 B シュリーヴィジャヤ様式 C シュリーヴィジャヤ
   −スコータイ様式
ワット・チャン・ロム ワット・プラケオ・ドーンタオ ワット・パサック ワット・チェディ・スン
 (スコータイ)  (ランパン)  (チェンセン)  (スコータイ)
 
D スコータイ様式 E スリランカ−アユタヤ様式 F タイ様式 G ラトナチェティ
 
ワット・トラパングーン ワット・プラシー・サンペット ワット・ポー ワット・ククット
 (スコータイ)  (アユタヤ)  (バンコク)  (ランプーン)
   
 
(2)「プラーン」はクメール建築の筍状の「プラサート」という高層建築に起源をもち、通常「塔堂」と訳される。当初は神像やリンガを祀る建築であったが、タイの仏教寺院においては、チェディと同じ役割を担った。アユタヤ期に塔身が細く作られ、トウモロコシ型になった。
クメール本来のプラサート タイ独特のプラーン
プラサート・ヒン・ピマーイ ワット・ラジャナプラ
(ピマーイ) (アユタヤ)
 
 
(3)その他、インドのブツダガヤ大塔を模したもの、塔身が団子状となつた特殊な型をもつ例も多い。
 また、
「モンドップ」とよばれる仏像を安置した方形の仏堂の上にチェディを載せたものもある。このような建築もタイではチェディとよんでおり、チェンマイのワット・チェンマンや、ワット・チェディ・ルアンはその例である。
ワット・プラケオのモンドップ ワット・チェンマン
(バンコク) (チェンマイ)
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